ブレス オブ ファイアIV

ご属性は水

ブレス オブ ファイアIV
Breath of Fire IV
In a far-

竜に抵抗しようともがくことも受け容れて一緒に歩むことのどちらも、大きな流れの影響下にあるのは変わらないので、この対立を何か解決する糸口みたいなものがうっすら提示されて終わるんだろうな。それは「大きな流れ」が何なのかを理解することから始まるんだろうな。と思っていたけどそうではなく、解らないまま進んでいくにはどうしたらいいかという話だったのかもしれない。

マーロックのマッサージ、マミとフォウルの関係、呪砲の装填、エリーナの最期。どこかで見たポルノやスプラッタの映像を思い出しそれを当てはめる。大人から見たら想像の余地のないつまらない空白が、子どもにとってはそうじゃない可能性がある。それがリュウとフォウルの視点の対比だとしたら、あえて見ないふりをすることをポジティブにとらえているような気がした。「子どもの想像力」とはそもそも何も想像できず解決策もわからない問題に直面したときに発揮され、不条理な世界を生きるにはそれが必要だと。

竜の気がその辺の物質に影響を与えて魔物にするという話が火山であったが、「呪い」もそれと同じように魔物を生む描写がチャンバにある。大きな気の流れにもポジティブなものとネガティブなものがあり、今の人間の技術ではネガティブな方しか作り出すことができない。最終的に技術の発展とともに竜が不要になるとしても、常にその途上で犠牲になった人たちの悲劇がある。

原因や理屈を理解できないまま、自分が生きる世界の血なまぐさい歴史を知ったときの感覚をファンタジーの世界を通して抽象化している気がする。そう考えるとトラウマを煽る描写が必要なのもわかる。でも、こういうゲームで後々まで覚えていることってプロットの重要な転換点だけじゃなくて、釣りに時間を掛けたこととか、竜を探してマップをうろついてたことだったりする。雑多で寄り道の連続に感じるストーリー(そもそもエリーナ姫の運命はゲーム開始時点で決まっているし)も、呪砲を含めた数々の経験を出来る限りフラットに描こうとした結果に見える。

ただ、竜(大いなる流れ)と人間の対立の解消については、ユンナの判断に葛藤が見られず、ルーン将軍が「人間の思い上がり」と断じていたり、恣意的な要素が多い。最終的に竜か人間どちらかを世界から消滅させるしかないのは「竜vsヤバい人間」という二項対立のまま物語が終わってしまうので、最初から何の変化もない話に見えてしまうのでは。なんか化け物同士が戦ってる様子を見させられてるだけみたいな。だから、大きな流れそのものに対峙するためにはニーナの素朴な姿勢が望ましい、と示すことで竜と人間の対立を解消しようとした、と思いたい。


帝国からもルディアからも追われる立場にあるリュウなんだけど、割とのんびりストーリーが進むのが奇妙だった。一応、追われているので迂回して進んでいるという理由はあるけど、ずっと世情から離れた田舎をうろついている感じがあった。

戦闘バランスも急に難易度曲線が上がる場所はほとんどなかった(皇帝墓所くらい?)。そのうえ、ほぼ全マップ、あんま意味ない運河とかにもなんらかの新しいギミックがあって、引き延ばされているのは間違いないんだけど、もはや旅をすること自体を目的とさせられているように感じた。

こういうのはシナリオの大枠を変えずにボリュームを増やしつつ、ストーリーの都合で移動範囲を制限されないように、とかそういう事情もあるかもしれない。でも、サルディン島での様子を見るに、引き延ばしやお使いの連続というジャンルのお約束に対するメタな視点があった気がする。緊張と緩和のバランスとしてはやりすぎなような。このやたら平坦なペースのおかげでラスボス戦のころには「そういえば呪砲とかもあったな」という感じになってた。

  • 見づらいことが特徴のマップって、今だと相当尖ったインディーゲームとかじゃないと絶対無理なコンセプトな気がする。
  • なんかフィールドBGMが無い場所が結構多いのが意外だった。Windows版だからじゃないよね?
  • コミカライズも読みたいけど、解釈違いだったらどうしようみたいな不安がある。